1995年1月17日、午前5時46分。
観測史上初の震度7の激震が兵庫県南部を襲いました。
「阪神・淡路大震災」と名付けられ、一瞬にして5500名を越える尊い命を奪い、都市を壊滅状態に追いやりました。
だれも想像しきれないその被害の大きさにただただ呆然とし、家族や親族、知り合いの安否の確認、余震の恐怖、明日への不安、倒壊した建物、寸断されたライフライン・・・・
多くの命と幸せな生活は一瞬にして奪われました。

- 壁面がくずれ2階の窓部分も、へしまがった元町時計店ビル

- 鳥居、灯篭、社務所が倒壊した三宮神社

瓦れきで通路が埋まっている南京町
- 地震の諸元
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名称 平成7年(1995年)兵庫県南部地震 発生日時 平成7年1月17日(火) 5時46分 震源 兵庫県淡路島北部 北緯34°36′ 東経135°03′ 震源の深さ 約14km 規模 M7.2
- 余震の程度
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3月13日までの余震の発生回数は1708回(うち有感地震は204回)
神戸市で最大規模の余震は震度4(1月25日23時16分発生)
- 地震の特徴
- ・大都市を襲った直下型地震である
- ・観測史上最高の震度7を記録
- ・一部地域では横揺れを上回る縦揺れが観測された
明治以降の地震で、神戸市に影響を与えたと考えられる震度5以上の地震は以下のとおり
| 年 | 名称 | 震源地 | マグニチュ-ド | 神戸での震源 |
|---|---|---|---|---|
| 1899年 (明治32年) |
紀伊半島南東沖 | 7.0 | 5 | |
| 1899年 (明治32年) |
有馬鳴動 |
六甲山 |
不明 |
5 |
| 1909年 (明治42年) |
江濃川地震 | 滋賀県姉川 | 6.8 | 4~5 |
| 1916年 (大正5年) |
明石海峡 | 6.1 | 5 |
参考資料「阪神・淡路大震災神戸市域における消防活動の記録」(神戸市消防局監修)より
震災直後、寸断された陸路を守るために元町商店街は24時間、アーケードの灯りをともし続け、市民が安全に通行できる道路を提供しました。
また、いち早い復興を目指し組合員が一致団結し、 2004年12月4日「希望」をテーマに、全国から応募された絵を光りのオブジェにして、商店街のアーケードに飾るイベント「希望の灯り」が開催されました。
また他にも、様々な工夫をこらしたイベントを開催、なかでも「元町夜市」「元町ミュージックウィーク」「元町誓文拂い」「アートバナーコンクール」「元町キッズウィーク」は元町の風物詩として、内外とわず皆様に愛されております。

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1982年から始まった元町夜市。
会社帰りのサラリーマンや浴衣姿の女性、夏休み中の家族連れで、アーケード内は大賑わい。全丁あげての手づくりのお祭り。
食べ物有り、飲み物有り、お子様も喜ぶ金魚すくいや、ゲームもあり、普段の顔とはまったく違う商店主さんたちの姿。
いつもお世話になっているお客さまへの感謝の気持ちいっぱいにはりきりました。
いつもと違う元町の夜市で商店とお客さまとの楽しいふれあいがうまれます。
元町ミュージックウィークは1998年、神戸元町商店街の商店主有志が始めました。
「音楽が好き」「元町が好き」だから知恵を出し、力を合わせて取り組んでいます。
手づくりを大切に、手のぬくもりを何より大事にしています。
音楽の楽しさ、その深い感動をもっと身近なくらしのなかで体験できたら、という願から元町ミュージックウィークは始まりました。
気軽に市民が集う商店街のストリートで、ホールで、喫茶店で、多彩なジャンルの演奏が繰り広げられます。
プレーヤーと市民がひとつになって音楽の喜びを共有する、そこはたちまち最高の音楽ホールなのです。

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明治時代に始まり毎年11月の一週間、紅白の幕を張って特価品を店頭に積み上げて、店員は ハッピ姿に赤いハチマキで、威勢のいい掛け声をかけます。
昭和に入り、戦争のために見る事もなくなりましたが、 1979年復活しました。
婦人服をはじめ傘、ビデオ、クリスマスグッズ、エスニック衣料、柿、みかんなどの自然食品、和装小物、時計、子供服、チョコレート、お酒、鞄、絵画、靴、宝石・・・一年のお客様への感謝を込めた誓文拂い、そのワゴンの周りは大賑わいです。











