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神戸の街
元町1番街を楽しもう
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元町1番街について

ハイカラ店舗

明治天皇、伊藤博文、大阪の藤田伝三郎、松下幸之助などの礼服を調進した「柴田音吉洋服店」、西園寺公望公爵、大阪の住友吉左衛門などの礼服を調進した「M柴田洋服店」、元町通には、神戸港や外国人居留地から押し寄せた西洋文化の洗礼をいちはやく受け、神戸のまちにしっかりと根づいていった店舗が多い。
100年以上も営みを続ける老舗が20店余り、50年以上の歴史を誇る店舗は約90店にものぼる。
老舗と流行が共存しながら、元町通は、それがうまく融け合い新しい歴史を歩み続けている。

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すずらん灯、ジュラ街、アーケード

大正2年(1913)、いちはやくアスファルト舗装を試験的に敷くなど、元町通はその後も全国的に見て新しい試みを次々行ってきた。
昭和2年(1927)に完成したすずらん灯。戦後の焼け野原に飛行機用ジュラルミンを外装に使用して3丁目に誕生したジュラルミン街。
そして昭和28年(1953)、5丁目、6丁目にスライド式としては日本で初のアーケードが完成し、元町通は現在の姿の一端が西側から整っていく。 その後、すずらん灯が商店街毎に意匠を変えて建てられいまも元町らしさを語りかける。

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人物往来

神戸市中央区の中心部は、元々西国街道が中央を走る、合わせて約千戸の3つの集落。
明治の開港にともない、すき焼屋、写真館、洋服店、洋菓子店など当時としては欧米文化が流れ込む最先端のまちへと変貌を遂げていく。
こうした店舗が醸し出すハイカラな雰囲気は、ここに集う人々にも表れ、パナマ帽にカンカン帽、背広姿に、モボにモガの出現など、元町は時代毎のファッションの息吹きを伝えるまちとなった。

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交通の要衝

西国街道を源とする元町通は、東西を結ぶ交通の要衝だった。
明治7年(1874)に、大阪・神戸間で鉄道が開通。
同22年(1889)に東京新橋までつながり、駅舎も2代目となった。昭和6年(1931)には灘と鷹取間の高架が完成、昭和9年(1934)には3代目の元町駅が誕生する。
一方、明治43年(1910)に第1号の栄町線が開通した市電は、全15路線中の7路線が栄町通を経由、元町が海、陸の中心となった。
市電が、昭和46年(1971)に廃止されるまで、東に大丸、西に三越、それをはさむ元町通に多くの人々を運び、市電を降りて買物をする“元ブラ”を人々は楽しんだ。
また、港に中突堤が竣工した昭和11年(1936)に阪神電鉄は元町駅を新設、構内には映画館も誕生するなど、話題を集め、翌12年(1937)には、省線の元町駅の西口も誕生した。

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まつりと元町

多くの人々が集い、行き交う元町は、いつの時代にもまつりの舞台だった。アメリカ・ポートアイランドの「ローズフェスティバル」を参考に「みなとの祭」が昭和8年(1933)に始まった。
戦争で一時中断はしたが、戦後の昭和21年(1946)に復活し、平清盛、楠木正成に光源氏、伊藤博文など、神戸ゆかりの歴史上の人物に市民が扮した懐古行列は大人気を博して元町の名物になった。
人の波に沸きかえった「誓文払い」は、このまちに活気をつけ、人々の喜びを生んだ。
愛され、親しまれたこれらのまつりは、いま夏の夜の風物詩としてすっかり定着した「元町夜市」や「元町ミュージックウィーク」に受け継がれている。

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