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神戸の街
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元町1番街について

大正

第一次世界大戦による“大戦景気”が、『元町』にも到来しました。
わが国初めてのアスファルト舗道が施工されたいへんめずらしいものとして注目をあつめました。
また、元町通りを電飾したら、、の意見をもとに『鈴蘭照明灯』が完成、竣工祝賀会が行なわれたり、活気に満ちていました。 「元ブラ」の愛称が生まれたのもこのころです。
その一方で、全国的な米騒動が起こり『元町』にも波及しました。
米屋という米屋が襲われましたが、『元町』の住民はいちはやく店先の雨戸を閉めきり、難を逃れたということです。

大正イメージ

  • 2年
    わが国初めての『アスファルト舗装』を施工
  • 3年
    第一次世界大戦による『大戦景気』が元町にも到来
  • 5年頃
    男性達のあいだで『カンカン帽』が大流行
  • 7年
    富山県で『米騒動』が起き、全国に波及
  • 10年
    神戸開港50周年記念祝賀行事が催される。
  • 14年
    神戸で初めての『元町デパート』がオープン。
  • 15年
    元町通りに『鈴蘭照明灯』が完成。
  •  

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米騒動

富山県で『米騒動』が起き、全国に波及しました。
“米をよこせ!買い占めた米を残らず出せ!”と、米屋という米屋が暴徒に襲われ、『元町』でも“大量の米を買い占めた”とウワサのあった栄町5丁目の鈴木商店目指して、数百人の暴徒が押し寄せました。
店の表戸は一瞬にして叩き破られ、放火され、鈴木商店は見る間に跡形もなく焼け落ちました。

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神戸開港50周年記念祝賀行事

開港50周年と市政30周年が重なり、多くの祝賀行事が行われました。
祝賀会場では模擬店や余興場が設けられ、市内は電飾されたり花電車が走る等、街全体がお祭り気分でした。
各店は提灯(ちょうちん)を店頭に吊って祝いました。

  • 神戸開港50周年記念祝賀行事イメージ1
  • 神戸開港50周年記念祝賀行事イメージ2

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神戸で初めての「元町デパート」がオープン

神戸で初めての「元町デパート」がオープンイメージ
大正14年、神戸で初めての『元町デパート』がオープンしました。
油屋、紙屋を営んでいた井上一族の経営で、多くのテナントを募り、人気を集めましたが、大正15年には、三越に買いとられ神戸支店となりました。

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元町通り「鈴蘭照明灯」が完成

元町通り「鈴蘭照明灯」が完成イメージ
元町通りを電飾したら!という案から生まれ、竣工祝賀会も行われる。
鈴蘭灯は全部で200基(当時で1基250円要した) 設けられた。
200基の【鈴蘭灯】で電飾され、夜の『元町』も賑わいました。
《 雨の元町 鈴蘭灯 ♪♪
濡れて光った アスファルト ♪♪
青いマドロス 恋あさる 恋あさる ♪♪ 》
と歌(「元町行進曲」)に唄われるほど、市民に愛され、【元ブラ】(元町商店街界隈をぶらつく)の愛称が生まれました。しかし、昭和19年には戦力増強の為に、供出されました。

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カンカン帽

カンカン帽イメージ
ちょっとした雑学
「麦稈真田 ばっかん-さなだ」(麦わらを漂白して平たくつぶし、真田紐(ひも)のようにして編んだもの)を使用して作った紳士用の夏帽子で、大正7年から、タウン・ハットとして流行し、洋服、和服を問わずにかぶられました。 英語で、ストローハット(麦藁帽子総称)とも呼びます。 カンカン帽という名前が付いたのは、糊とプレスで堅く作ってあり、天上を叩くとカンカンと音がするためだそうです。

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  • パーマ
    大正12年、アメリカからエンプレス父子が来日しましたが、関東大震災のために東京上陸を断念し、神戸のオリエンタルホテルに宿泊したのがきっかけで、同ホテルの理髪部を営む紺谷安太郎の妻・寿美子によりパーマネント機が日本で初めて導入されました。
    当時の料金は、全体パーマが30円、部分パーマが15円。 これを現在の通貨で換算すると、なんと全体パーマは90万円、部分パーマは45万円だったそうです。
    ジャズ
    宝塚少女歌劇団で楽団員をしていたバイオリニスト・井田一郎が、後に同楽団を退団し、大正12年4月に日本初のジャズバンド「ラフィング・スター・ジャズバンド」を結成したのが始まりだそうです。
    ジャズイメージ
  • 参考文献 こうべ元町100年 元町懐古写真集「道」

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